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中高年の運動に伴う心臓突然死の危険性と予防策

 


  中高年の運動に伴う心臓突然死の危険性と予防策

1. はじめに

 以前には成人病といわれていた心筋梗塞、脳卒中は、生活習慣病と名を改め、生活習慣を見直すことにより予防することが可能な疾患とされている。その発症の危険因子として、高血圧、高脂血症、糖尿病、肥満、喫煙などが上げられ、これらは、ストレスに加え、脂肪過多の食生活、日常の運動不足の原因により起こり、日常生活の中で、「運動、栄養、休養」の3点からの生活習慣の見直しが求められる。

 平成12年度からは「健康日本21」の国民キャンペーンが全国的に展開され、生活習慣病予防のための健康スポーツが大きなブームになっている。今回は、生活習慣病の典型と言われる"死の四重奏"を例に挙げ、運動時の心臓突然死を中心にその危険性と予防対策を述べる。

2. 今、話題の"死の四重奏"

 過労死対策として国会で取り上げられ、平成13年度から労災保険の給付の対象となった"死の四重奏"は、まさに心臓突然死の予備軍として本人はもちろんのことスポーツ指導者においても充分な認識が必要である。"死の四重奏"とは、上半身肥満、高中性脂肪血症、糖代謝異常、高血圧の4つの危険因子を備えた、別名、マルチ・リスク・ファクター症候群、内臓脂肪症候群とも呼ばれている。

 その本質的な病態生理は、過食と運動不足による内臓脂肪の蓄積によるものである。上半身肥満の見分け方は、BMI=体重(kg)÷身長の2乗(m2)が25以上(標準は22)で、臍周囲が男性85cm、女性90cm以上の人は、内臓脂肪型肥満と言われる。高中性脂肪血症は血中中性脂肪値が150mg/dl以上、糖代謝異常は、境界型糖尿病で、空腹時血糖値110mg/dl以上、ヘモグロビンA1c(HbA1c)が正常範囲内の上限(5.8%)に近い値を示している。高血圧は安静時血圧が140/90以上の人で、通常、健康診断にてこの症候群の指摘を受けなければ、本人の自覚症状はまったくない。

 これらの危険因子に加え、年齢が重要で男性45歳、女性55歳以上を動脈硬化年齢といい、こうした年代層が健康スポーツを始める前には家族歴、運動習慣の問診、血液検査、安静時心電図、運動負荷時心電図などによる事前チェックが必要である。"死の四重奏"の指摘を受けた人は、日本医師会認定健康スポーツ医などの運動処方に従って、専門の運動トレーナの指導のもとで脂肪を燃やす有酸素運動を行うことが突然死予防につながる。

3. 心臓突然死の発症原因とその誘因について

 人間には体内時計(サーカディアン・リズム)があり、夜間の副交感神経優位の状態から覚醒・起床後には交感神経優位の状態に移行する。この交感神経緊張状態が心臓突然死の発症誘因になる。交感神経の緊張状態により、血圧が上昇し、心臓の冠動脈痙攣が起こりやすくなっており、夜間の脱水も加わり、血液が凝固しやすい状態になっている。心臓突然死は午前中、特に起床後2時間目までに多いといわれており、健康スポーツを早朝に行うには充分な注意が必要である(図1)。

 心臓突然死の病態は、心臓の筋肉が痙攣する心室細動により血液の拍出が停止する心停止状態で、電気的除細動を行うことが根本的治療である。心室細動に対して除細動が1分送れるごとに生存率が10%減少すると言われている。

 心臓突然死を起こす原因には、主に2つ考えられる。一つは、交感神経の緊張による心筋細胞の興奮性が亢進し、心室性頻拍、次いで心室細動が誘発されることが考えられる。それに加え、喫煙、過度の運動強度では交感神経が亢進し、脂肪細胞からの中性脂肪が分解され、血中に大量に流出している遊離脂肪酸そのものが不整脈発生の原因とも言われている。朝の空腹時の早朝ジョギングや競技マラソン中のゴール近くでの突然死が多い理由である。

 もう一つの突然死の原因は、急性心筋梗塞発症後に2次的に起こる心室細動がある。心筋梗塞の発症メカニズムは、従来、動脈硬化による冠動脈狭窄が徐々に進展し、最終的に心筋梗塞になると言われていた。実際、急性心筋梗塞にて死亡した人の冠動脈狭窄を調べてみると、60%以上の症例は50%以下の初期の軽度冠動脈狭窄であり、プラークと呼ばれるコレステロール(正確には酸化LDLコレステロールをマクロファージが貪食して変化した泡沫細胞)が血管内膜下に蓄積した肥厚した内膜が破裂して、冠動脈痙攣と冠動脈内血栓形成により急性冠動脈閉塞が起こった病態で、急性冠症候群(Acute Coronary Syndrome)と呼ばれている。この中で、破裂しやすいプラークを特に不安定プラークと呼んでいる。

 学生時代にスポーツをやっており体力には自信があると過信している"死の四重奏"適合者が、単に運動不足とストレス解消の目的で、若いときの感覚で急に激しい運動を始めた場合に起こりやすい。通常、一年を通じて心臓突然死が起こりやすい時期は12月、1月の冬場に多いが、スポーツ時の心臓突然死が9月、10月に多い理由は、"スポーツの秋"と称して全国各地で学校運動会、職場運動会などが開催されるためである。

4. 競技スポーツと健康スポーツの明確な区別

 生活習慣病予防を目的とした運動は、内臓脂肪を燃やす有酸素運動で、その運動強度は最大運動強度の50%以下の軽度から中等度運動である。無酸素閾値(anaerobic threshold)を超える運動強度は交感神経系を亢進させ、急激な血圧の上昇を来たし、冠血管の不安定プラークが破裂する危険性を高める。

 競技スポーツ中の突然死の原因は、中高年(動脈硬化年齢以上)では約8割が虚血性心疾患による心臓突然死である。中高年で、冠動脈危険因子を持っている、その中でも"死の四重奏"適合者は、競技スポーツを避けて、ゆっくり、じっくりペースの健康スポーツを定期的の行う運動習慣を身に付けるように指導しなければならない。中高年からの健康スポーツの実施には、事前に健康スポーツ医を受診し、冠動脈危険因子をチェックし、運動負荷試験を行い、本人が自分の身体状況を客観的に把握できることが心臓突然死の予防につながる。

 "死の四重奏"の運動療法に関しては、肥満による膝関節障害を有している場合、あるいは無理な運動にて膝関節障害を来たす可能性があり、兵庫県立健康センターでは運動指導士の指導に従った次の様な運動プログラムを実施している。

 1)体脂肪を燃焼させる有酸素運動と膝関節周囲筋肉の筋力強化を目的に3ヶ月間,週2〜3回の水中歩行運動を行っている。水中運動が出来ない場合には、膝の障害が少ない自転車エルゴ運動を推奨している。

 2)水中歩行にて軽度の減量効果と下肢筋力アップが見られた後は、膝関節障害を来たさない様に、膝を伸ばし、踵から地に付ける脊椎ストレッチウォーキングの平地歩行運動を指導する。この時,正しい歩行姿勢を意識するために脊椎ストレッチマシーンを取り入れ,脊椎の矯正を行っている。

 3)日常生活内での運動意識の持続には、手軽に行える筋肉トレーニング(例えば,ダンベル体操など)を毎日,継続するように指導する。

5. スポーツ時の救命救急管理体制のあり方

 スポーツ時の心臓突然死対策として、救命救急管理体制の充実と個人レベルでの心肺蘇生法(CPR)の普及が上げられる。

 世界の心肺蘇生法の基準になっている米国心臓協会(AHA)の2000年心肺蘇生法統一ガイドラインでは、医療従事者のみならず保健婦、運動トレーナなどの健康指導者(Health Care Provider)に対しても、一次救命処置(BSL)としてCPR のみならず気道確保法としてポケットマスク法、バッグマスク法の習熟、さらには半自動除細動器(AED:Automated External Defibrillator)の習得が求められている。

 米国心臓協会と米国スポーツ医学会議(ACSM:American College of Sports Medicine)の合同会議は健康スポーツ関連施設のAED設置に関する基準を提案している。これによると、健康スポーツ関連施設を5段階に分類し、レベル1:監視者のいない施設、レベル2:指導者が1人いる施設、レベル3:一般のフィットネスセンター、レベル4:生活習慣病予防のためのプログラムを行っている施設、レベル5:医者の監視下における運動リハビリテーション・プログラムを行っている施設に分けている。この中で、レベル3の施設で、特にメンバー数2500人以上で、心臓突然死の覚知から救急隊の到着まで5分以上かかる施設にはAEDの設置を強く要望している。レベル5では医師による除細動を行うことは当然である。各レベルの施設管理者は、運動時の心臓突然死の発症した場合を想定した救命救急管理体制のマニュアルを作成し、3ヶ月ごとの想定訓練を行うことを要求している。

6. おわりに

 男性45歳、女性55歳以上の動脈硬化年齢における心臓突然死の発症原因は、不安定プラークの破裂による急性冠症候群と遊離脂肪酸の血中濃度の増加があり、いずれも交感神経の亢進状態と関連がある。

 生活習慣病予防のために脂肪を燃やす有酸素運動を行う場合には、事前に運動負荷試験などの身体チェックを受け、各人の身体状況を客観的に把握した上での運動プログラムが必要で、同時に運動時の心臓突然死の発症を想定した救命救急管理体制の確立が健康スポーツ関連施設の管理者に求められる。

 

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