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スポーツ時の安全管理:中高年の運動時高血圧について

 


  スポーツ時の安全管理:中高年の運動時高血圧について

                        健康スポーツ関連施設連絡協議会 会長
                           河村循環器病クリニック 院長
                                 河村剛史

1.はじめに

  平成14年11月21日の高円宮殿下、23日の福知山および名古屋マラソンでのスポーツ中の心臓突然死事故が相次いで起こり、中高年のスポーツ時の安全管理が社会的注目を浴び、また、この事故をきっかけに心臓突然死の原因である心室細動に対するAED(自動体外式除細動器)の重要性の社会的認識が高まった。

  平成12年度からは「健康日本21」の国民キャンペーンが全国的に展開され、生活習慣病予防のための健康スポーツが推奨されている。生活習慣病予防を目的とした運動は、内臓脂肪を燃やす有酸素運動で、その運動強度は最大運動強度の50%以下の軽度から中等度運動である。無酸素閾値(anaerobic threshold)を超える運動強度は交感神経系を亢進させ、急激な血圧の上昇を来たす。これがきっかけとなり冠動脈内の不安定プラーク(動脈硬化巣)が破裂し、急性心筋梗塞、心臓突然死に至る危険性が高くなる。

  競技スポーツ中の突然死の原因は、中高年者(動脈硬化年齢以上)では約8割が虚血性心疾患による心臓突然死である。中高年者で、冠動脈危険因子を持っている、その中でも"死の四重奏"適合者は、競技スポーツを避けて、"ゆっくり、じっくり"ペースの健康スポーツを定期的に行う運動習慣を身に付けるように指導しなければならない。
  中高年からの健康スポーツの実施には、事前に健康スポーツ医を受診し、冠動脈危険因子をチェックし、運動負荷試験を行い、本人が自分の身体状況を客観的に把握できることが心臓突然死の予防につながる。なお、運動時高血圧は、最大運動強度において血圧が200mmHgを越えた場合に、便宜的に命名したもので、正式に認められた定義ではない。

  今回、運動時の心臓突然死の原因である冠動脈内プラークの破綻の引き金と考えられる運動時高血圧に焦点を当て、その成因と対策を述べる。

2.運動時における急性冠症候群の発症機序


図1.マラソン時に起こる急性冠症候群の発症機序

  心筋梗塞の発症メカニズムは、従来、動脈硬化による冠動脈狭窄が徐々に進展し、最終的に心筋梗塞になると言われていた。
  実際、急性心筋梗塞の責任冠動脈狭窄を調べてみると、60%以上の症例は50%以下の初期の軽度冠動脈狭窄であり、プラークと呼ばれるコレステロール(正確には酸化LDLコレステロールをマクロファージが貪食して変化した泡沫細胞)が血管内膜下に蓄積した肥厚した内膜(動脈硬化巣)が破裂し、冠動脈痙攣と冠動脈内血栓形成により急性冠動脈閉塞が起こった病態で、急性冠症候群(Acute Coronary Syndrome)と呼ばれている。この中で、破裂しやすいプラークを特に不安定プラークと呼んでいる。

  中高年者が競技マラソンに参加した場合、走行中の4,5時間の間、運動時高血圧の状態にさらされることになる。冠動脈内に50% 以下の狭窄を示す不安定プラークが存在している場合には、はげしい運動でも血流障害はなく、無症状である。しかし、運動時高血圧による動脈内壁の伸展によりプラーク被膜の破裂もしくは亀裂が生じ、それを修復するために血小板凝集が起こる。更に、走行中に充分な水分補給が出来なかったための脱水により血液がより凝固しやすい状態になっており、この2つが重なって冠動脈を閉塞する冠動脈血栓が発生することが考えられる。

  責任冠動脈が50%以下の狭窄の場合には、90%以上の狭窄の場合と異なり、閉塞部位以下の末梢領域は、周辺冠動脈からの副血行路の発達もないことから、完全閉塞の場合には急性心筋梗塞、不完全閉塞の場合には、不安定狭心症が起こる。場合によっては、心臓突然死に至る。

3.虚血性心疾患、心臓突然死の危険因子(日本循環器学会 虚血性心疾患の一次予防ガイドライン)

 年齢:男性 45歳、 女性 55歳以上
 家族歴
 高血圧:安静時140/90 mmHg 以上、運動時高血圧?
 高脂血症
 糖尿病
 喫煙
 肥満:BMI 25以上の内臓脂肪蓄積型肥満
 精神的、身体的ストレス

  JAMIS(Japanese Antiplatelets Myocardial Infarction Study、1994年 )研究の中で、既往が比較的明らかで,危険因子を評価できた1,032例(平均年齢64.6歳)では,危険因子の中で有意であったのは高血圧,喫煙,糖尿病で。これが日本人の 3 大危険因子とみなすことができる。
  高コレステロール血症は,比較的順位が低く,家族歴の次となっている。64歳以下の人に限れば,高コレステロール血症は,高血圧,喫煙,糖尿病に次ぐ危険因子となっており、特に若年者では,今後,重視すべき危険因子だといえる。

  高血圧に関しては、米国と比較して日本では、心筋梗塞の発症率は5分の1で、脳卒中の発症率は5倍と言われている。しかし、心筋梗塞と脳卒中とを合わせた脳心血管障害の発症率は、両国とも同じである。

  最近、米国の循環器専門誌「Circulation」に掲載された「高齢者高血圧患者におけるモーニング・サージ(早朝昇圧、MS)は脳血管障害の予測因子」の論文(苅尾七臣、Circulation. 2003;107:1401−1406)が注目されている。

  519例の高齢者高血圧患者(平均年齢72歳)を対象に、起床後2時間の収縮期血圧と夜間最低収縮期圧との血圧差が55mmHg以上のモーニングサージ(早朝昇圧、MS)群(53例)の脳卒中発症率は、41ヶ月の追跡調査で非MS群(466例)の2.7倍に見られました。
  驚いたことに、研究スタート時に全例に脳MRI検査を行ったところ、MS群の70%、非MS群の48%にすでに無症候性脳梗塞が見られていた。
  24時間自由行動下血圧測定を行ったところ、夜間最低収縮期血圧は、MS群103mmHg、非MS群114mmHgでしたが、早朝時血圧は、MS群172mmHg、非MS群143mmHgで、MG群が69mmHgの急激な早朝昇圧が見られた。

  起床による交感神経活動の亢進による急激な血圧の増加をきたす早朝高血圧が、脳心血管障害の引き金になっており、脳卒中のみならず心筋梗塞、心臓突然死の発症原因にもなっている。

4.動脈の加齢による生理学的変化


図2 加齢と血管拡張性(Flow Mediated Dilatation)との関係
  (Celermajer DS et al. J Am Coll Cardio 1994;24:471-476)


  動脈の加齢による構造変化(リモデリング)には、内膜肥厚と壁硬化がある。内膜肥厚は血管平滑筋細胞の遊走によって起こり、壁硬化は弾性に富んだエラスチンがエラスターゼの活性亢進により破綻され、それに代わり平滑筋細胞からコラーゲンが産生され、相互に結合するためと考えられている。さらに、血管内皮細胞から産生される血管拡張作用のあるNOが減るためといわれている。

  外見上正常な人でも、動脈の加齢変化として、1)内膜肥厚、2)血管硬化、3)血管拡張不全、4)収縮期圧の増加と拡張期圧の低下(脈圧の増大)などが見られる。これらは従来、加齢による生理学的および組織学的変化と見られていたが、この加齢変化のスピードを生活習慣の見直しや薬物により遅らせることが可能である。

  生活習慣に関しては、日常生活において活動的でない人は一見健康な人であっても加齢とともに動脈硬化が急激に進行する。また、中高年者においても、活動的な人は座り仕事の人よりも脈圧の増大がなく、脈波伝播速度が遅く、圧受容体反射が改善すると言われている。また、運動習慣は血管内皮細胞機能を改善する。塩分の少ない食事は加齢による動脈硬化度を減少させることが知られている。

  図2は、血管内流量の増大に対する血管拡張性と年齢との関係を示したものである、男性では40歳、女性では55歳前後を境に明らかに血管拡張不全が見られ、いわゆる動脈硬化年齢と一致する。これは、運動負荷による心拍出量の増加(血管内流量増加)により血圧は増加することを意味する。

  加齢と血圧との関係では、50歳までは末梢血管抵抗(peripheral vascular resistance)の増加により収縮期圧、拡張期圧の上昇をきたす。しかし、60歳以後においては、大血管硬化度の増加により、収縮期圧の上昇と拡張期圧の低下をきたし、脈圧が増大するのが特徴である。

  脈波伝播速度は、動脈硬化度と平均血圧に左右される。正常血圧者において加齢と脈波伝播速度の関係を見たものでは、男女ともに加齢により脈波伝播速度が速くなる(血管が硬くなる)傾向が見られる。

5.中高年者の市民マラソンランナーの運動時高血圧の実例

  症例1(図3)は、マラソン歴10年、フルマラソン出場11回の49歳男性である。安静時血圧は、112/80 で、運動負荷(ブルース法)3段階目までは血圧、心拍数ともに大きな変化は見られなかったが、4段階目において心拍数の増加と共に血圧の急激な上昇が見られ、最高血圧200mmHgを超えた。
  本人の自覚症状はなく、マラソン中はもっと苦しいとのことであった。冠動脈危険因子はなかったが、マラソン中、長時間の運動時高血圧にさらされる危険性を説明し、マラソン参加を取りやめるように説得し、今後は、ジョギングを中心とした健康づくりを指導した。

  症例2は、マラソン歴4年、フルマラソン出場7回(記録3時間10分から15分)の40歳の男性で、安静時血圧は112/68であったが、運動強度を上げても血圧の変動は少なく、運動負荷(ブルース法)5段階目の負荷時において心拍数173/分、血圧177/105であった。本人の自覚は、「37km付近の苦しさ」と述べていた。この症例では、冠動脈危険因子もなく、運動負荷時の心筋虚血の所見(ST上昇、狭心痛、不整脈)もないことから、マラソン出場を許可した。

  いずれの症例も、安静時血圧は正常範囲ないで、むしろ低目であったが、マラソン時の運動強度では血圧も増加しており、症例1のように200mmHgで4時間以上も走っていることになる。男性45歳、女性55歳の動脈硬化年齢を超えた中高年者が、マラソンなどの競技スポーツに参加するには、安静時血圧が正常範囲内で、冠動脈危険因子がなく、かつ、事前に運動負荷試験にて心電図異常、運動時高血圧が見られないことを確認することが必要である。


図3 運動時高血圧を示した例
 症例1.49歳男性 安静時血圧112/80mmH
g
 マラソン歴10年、フルマラソン出場11回

6.スポーツ開始前に"深層水"飲用の勧め

  マグネシウムは、カルシウム、カリウム、ナトリウムについて生体内に豊富に存在する陽イオンである。体内総量は、体重70kgの人で平均1,000mmol(25g)で、骨に50%、軟部組織に50%(20〜30%は骨格筋内)分布し、心筋細胞への分布の割合も高いが、血液中には1%以下しか分布していない。

  食物からの一日の摂取量は300mg必要とされているが、厚生労働省の国民食事調査によると、日本人は慢性的に一日100mg不足していると言われている。今後、もっと注目されるべき重要なミネラルと考えている。日本で発売されている"ミネラルウォーター"は、ミネラルが少ない軟水で、スポーツ時のマグネシウムの摂取には、海洋深層水が最も適している。

  マグネシウムは、細胞内においてはカリウムに次いで多く存在し、300に近い生体内酵素反応の触媒(コファクター)として働き、細胞機能の調節、維持に重要な働きを演じている。その主なる働きは、細胞膜輸送、アミノ酸活性化、核酸合成、蛋白質合成、酸化的リン酸化、赤血球と血小板の形態保持、筋肉の収縮・弛緩など上げられる。

  マグネシウムイオンは、細胞膜の電位依存性カルシウムチャンネルを介するカルシウムイオン流入を抑制することから「天然のカルシウム拮抗薬」といわれている。L型カルシウムイオンチャンネル拮抗による血管拡張作用や心筋細胞内カルシウム過負荷の抑制作用、副腎皮質におけるアルドステロン分泌抑制による水・ナトリウム利尿作用などがある。交感神経終末のN型カルシウムイオンチャンネルに拮抗し、交感神経終末からのノルエピネフリン放出を抑制する。これらの作用は、すべて血圧を下げる働きを示す。

  マグネシウム欠乏は、細胞内カルシウム濃度を上昇させることになり、臨床的には冠動脈のトーヌス(緊張)を高め、冠動脈スパズム(痙攣)を誘発する。また、血管抵抗を高め、高血圧の原因にもなる。心電図上、マグネシウム欠乏はQT間隔の延長をきたし、心室性期外収縮からトルサドポアン型心室性頻拍が生じ、心臓突然死の原因にもなっている。

  図4(症例3)は、深層水(マグネシウム含量100mg)を飲用した前後の運動負荷(ブルース法)時の血圧、心拍数の変化を示した。心拍数は、前後の大きな差は見られなかったが、血圧は飲用後に明らかに低下するのが見られた。具体的には、マグネシウムは、収縮期高血圧を低下させ、脈圧を減少させる作用があり、血管硬化度を減少させる。さらに血小板凝集を抑制し、血液サラサラ度を高めるものと考えている。


図4.運動時高血圧に対する深層水の影響
 
症例3.50歳男性、高血圧治療中、深層水硬度1000、500ml 飲用後1時間の比較。
 MC−FANによる血流測定では、血液通過時間は203秒から129秒に改善した。

7.結論:中高年のスポーツ時の安全対策

  中高年者は、中等度以下の運動強度の有酸素運動を選択するように指導する。安静時高血圧および運動時高血圧の人は、脊椎ストレッチウォーキングが有酸素運動として最も安全である。

  中等度以上の運動強度のスポーツでは、事前に運動負荷試験を受けて、心電図異常、運動時高血圧の有無を確認する。

  スポーツ開始前に水分補給、特に、深層水によるマグネシウム補給が有効である。運動時高血圧の予防効果もあり、不整脈の予防効果も期待できる。

  県医師会健康スポーツ医委員会は、健康スポーツ関連施設連絡協議会と共同で、危険度を医師、運動トレーナ、実践者の3者が共有する療養計画書「運動処方箋」を作成した。 


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